IDEA and Players

ベンチャー企業で働く変なエンジニアが勝手なことを書きまくるブログ

一緒に働くエンジニアについてゆずれない、3つの条件(+1)

 最近、ウチの会社ではエンジニアを募集してます。
 というか、もうホントに手が足らん。やらなきゃならんことが大杉ですわ。

 こーゆーとき「猫の手も借りたい」と言いたいところではありますが、もちろんエンジニアなら誰でもいいってことでは全然ありません。正直もう少し妥協したほうが間口が広がっていいんじゃないか、とも思うんですが、個人的にも会社のステージ的にも一緒に働くならば「こーゆー人がいい!」という条件が自分の中ではわりと明確にあるのですよ。

 逆に言ったら、この条件さえ満たしていたら、猫でも古代ローマ人でも個人的にはかまわないわけです。いや、むしろ猫や古代ローマ人だったら私は超絶ウェルカムです。
 もしも興味を持ったエンジニア、または猫、および古代ローマ人はぜひともこちらのページから応募していただきたい。

 [Webエンジニア] https://www.wantedly.com/projects/5202
 [Androidエンジニア] https://www.wantedly.com/projects/5119
 [iOSエンジニア] https://www.wantedly.com/projects/5200

 というわけで、私が「こういうエンジニアと一緒に働きたい」と思う条件について、以下に書き記しておこうと思います。

自分よりスゴい力がある

 私は26歳位の頃、止むに止まれぬ事情のため、ほとんど未経験の状態からプログラミングを始めました。当時はプログラミングはおろかExcelすらも使えなかったほどで、ITリテラシー、何それ、美味しいの?という状態。

 しかし、いざ勉強を始めてみるとプログラミングの面白さ・楽しさに大いにハマり、当時はお金がまるでなかったので、ノートPCならぬ大学ノートをいつも持ち歩くようにようにして、暇さえあれば鉛筆と消しゴムでC言語のコードをひたすら紙の上に書き込んでいく、というなんとも非効率的な方法で勉強しておりました。
 四六時中プログラミングのことを考えるあまり、C言語ソースコードがそのまま夢の中に出てきたり。それくらいプログラミングに夢中だったし、(精神的にもキーボード的にも)打ち込んだわけ。

 自分の性に合ってたってのも大きいけど、何しろイロイロな事情で切羽詰まっていたので、必死に勉強したし、また自身の偏執狂的な性格も相まって上達も速いほうだったと思います。

 が、しかし。
 その程度の努力・実力などかすんでしまうような、もっと若い頃から努力と情熱を傾けてプログラマの高みへと上り詰めたようなスゴい人たちがこの世界にはゴマンといらっしゃる訳ですよ、当然ながら。
 イチイチ例を挙げようとは思いませんが、そういった人たちを見るにつけ、何とも言えない敗北感・焦燥感をこれまで幾度となく味わい、その度に水平線に沈む夕陽に向かって全力疾走し、ヤクザに刺されたドテっ腹から吹き出す血を押さえつつも、「なんじゃあ、こりゃああああ!!」と大声で叫びたくなるんですよ、ええ。

 これまでの人生、そんな風に自分をコテンパンにしてくれるような人に出会うたび、
 「自分の存在価値ってなんだろう?」
 という不安と恐怖がないまぜになった気持ちを味わい、次に「自分にはこいつのマネはできない。なら、自分だからこそ発揮できる価値とは何だろう?」という、ある種の開き直りに似た諦観、自問自答、そしてヤケクソのような闘争心が呼び起こされて、それを原動力にして私はコレまで前に進んできたのでした。なにしろ、私、天邪鬼ですからね。
 
 というわけで、プログラマとしての実力とか、頭の良さとか、目標の高さとか、そういった何かで「こいつには敵わない」と思えるようなスゴい人が側にいないと、誰よりも私自身が困るのですよね。
 私自身がもっともっと前に進むために。

チームとして行動し、成果に貢献する

 個人として行動することと、チームとして行動することの間には、それはもう一万光年くらいの大きな隔たりがあります。
 って、そんなの当たり前、と思われるかもしれませんが、コレ、時に個人としてのプレーヤーの能力が高い人ほど、そもそもそんな認識を持ってなかったりするので、世の中なんとも油断がなりません。

 ときどき「強い人を集めれば、強いチームが生まれる」的な考え方を持っている人に出くわしますが、ぶっちゃけ、そいつはソフトクリームのように甘い幻想だと思うのですよ。人間って、そんなに簡単なものでしたっけね?

 ただのスキルセットの組み合わせではチームは作れないし、みんなが仲良しだからと言って良いチームが生まれる訳でもない。たとえ、一人一人が「今日、自分は誰にも負けない仕事をした」と思っていたとしても、チームとして機能しなければ、結局は全体的で、徹底的な成果ってのは生み出せない。そして、チームとしてもっとも重要なことは、この「全体的で徹底的な」成果であって個人の成果じゃない。

 という訳で、自分一人の成果を上げることに汲々とするよりも、チームとして成果を上げるために行動し、それを楽しむことが出来る人と、私は一緒に仕事がしたいのです。

高い理想とモラルを兼ねる

 まず第一に、理想が低い人は論外ですね。話していても楽しくないし、目線が低いから努力もしない。だから大抵の場合、実力も備わっていない。

 逆に「この人、スゴいぜ!」って思う人ほど理想が高いし、当たり前のように高い目標を掲げてそのためにすごい努力をしている。
 だから時に不相応とも思えるような、高い理想を持っていることってすごく大事だと思う訳ですよ。

 ここまでは当然として、その次に問題になるのがモラルという点。
 いや、これって別に「社会のルールはきちんと守りましょう」的な、小学校の道徳の授業に出てくるような話じゃないんですよ。むしろ新しい価値を作り出そうとする場合、既存のルールやら枠組みやら価値観やらを破壊しなけりゃならないことも多い訳で、一般常識やら固定概念やらに縛られていると、自らの手足を縛ることになりかねない。

 何かしらの規範から逸脱しないことがモラル的である、と考えている人もいるけど、自分の理解はそうじゃない。むしろ時には集団から抜け出すような主体性を持っていないと、達成できないのがモラルだと思うんですよ。逆に言えば、集団に埋没している人は別にモラルが高いわけじゃなく、みんながそうしているからそうするだけのこと。
 
 集団に没する人よりはたとえ個人的な欲望であっても野心を持ち、己の努力・知力・行動力で勝負している人のほうがはるかに好ましいと思う訳ですが、ただ1つだけ自分が譲れないのは、このモラル、より明確に言うならば、他者への想像力を持ち合わせているかどうか、という点。

 すべての人間は本質的には利己主義であり、自分の利益や安全を最優先に行動する。そして、それ自体は別に責められるべきことでも何でもない、と私は思っているんですよね。ただ、他者への想像力を持ち合わせている者だけが、時に、自分と他者、自分と世界とを区別せずに行動する、それだけのことだと思う訳です。(ちなみにこーゆー発想は、その昔に傾倒したフロイトユングの影響によるもの。分かる人にはバレバレだろうなw)

 我々の会社がやろうとしているのは、コミュニケーションという領域なので、自分以外の人間への想像力を持てない、他人に興味を持てない、人に共感することが出来ない人はもうその時点でミスマッチなんですよね

 顧客を理解し、良質なユーザ体験を提供すること。
 チームの仲間を信頼し、協力してゴールを目指すこと。
 そこに厳としてあるもの、これこそモラルだと思うんですが、如何でしょうか?

変態である(おまけ)

 コレが最後にして、もっとも重要な条件と言っても過言ではありません(大マジ)。
 とにかく、優秀なエンジニアはすべて変態である、というのが私の持論。異論は認めません。

 変態でなければ、どうして何時間も延々とプログラムを書いていられるのか。どうしてクラス名をひとつ考えるためだけに机に突っ伏し、空襲に備えるかのように頭を抱え、数分うめき声を上げて苦しむのか。どうしてスパゲティを見ると、「Fxxx!」と叫びたくなるのか。なぜこれほどまでにツンデレを愛するのか。
  
 エンジニアは変態であり、優秀であればあるほど、その病巣は深い。
 これ以上の真理を、私は他に思い浮かべることができません。

 その心に、決して世には認められない空想を溜め込み、日常社会では決して解消することのできない情念を叩き付けるようにコードを書く奴らこそ、創造性の固まりであり、明日を生み出す者であり、変態という名の紳士なのですよ。

「変態でなければ生きてはいけない。紳士でなければ生きている意味が無い」
フィリップ・マーロウ (嘘)

 というわけで、我をも凌ぐ変態でなければ、私は仲間とは認めませんよ、ええ。
 さあ来たれっ! アミーゴッ!!